家族の絆

♣︎お父さんが倒れた!

新年が開けて数日したある朝のこと。つい数分前に仕事へ出かけた夫から電話がかかってきた。普通の用件なら普段はLINEやメールで済むし、何なら直接会って伝える。そのくらい我々の島内での行動範囲は狭い。電話が来るのは余程の急用だ。何となく込み上げる嫌な予感を抑えて電話に応答する。もしもし?

「すぐ来て!お父さん倒れた!」

分かった、今行く。とだけ言って電話を切り、着の身着のままで義実家へと走る。

何となく嫌な予感はずっとあった。年末から年始にかけて、義父はどうにも具合が良さそうには見えなかった。例年何日も前から準備をする正月飾りにもは全く手をつけなかったし(そのおかげで怪しげなしめ縄を何本も作る羽目になった)、年賀状制作の依頼もなかった(我が家では嫁の仕事なのだ)。正月に子どもたちが帰って来て、久々に張り切って動いたのもあるのだろう。正月休みの最終日には「うちの土地の場所を教えるから行くぞ」と、私を含め、子どもたちを引き連れ地図を持って山にまで出かけたのだから、何だか変だぞ…と思っていたのだ(その時も山道の途中で座り込んだり、最終的には「オレは車にいるからお前らで言って来い」と言ったりしたのだ)。これらはまるで人がこの世を去る前の行動のようではないか––という思いが、義実家まで、たかだか200メートルあるかないかの距離を走る間に頭を駆け巡る。

十字路に私が到着するのと、要請を受けた役場の救急車が到着するのがほぼ同時だった。役場のIさんに「場所どこ?家?店?」と聞かれ、咄嗟に「家だと思います!」と答えたものの、後で冷静になって考えてみれば、どちらも一緒ではないか…(お店と義父母の住まいは同じ建物)。そんなやりとりをして、義実家に到着。おそらく夫からの電話を切ってからここまで時間にして3分程。

♣︎血だらけの人が…

「救急車来たよ!」と、玄関を開けると、奥に見える階段の下に人が倒れているのが確認できた。その傍らの義母と夫が何やら一生懸命叫んでいる。少し近付くと、義父が口から血を流して倒れているのだと分かった。しかも体は震えている。それを見て心臓が高鳴る。

「だからね、お父さん、血を吐いて倒れたの。だから病院に行かなきゃいけないのよ。」義母は泣きながら、そう義父に語りかけていた。「吐血するだなんて、そんなに悪くなっていたのか…」そんな思いが浮かぶ。義父の頭は夫の膝の上にあった。後で聞いたところによると、夫はずっと義父の頭を撫でていたらしい。

「行かねえよ!オレはなんにも悪いことなんかしてねぇんだから!」と義父が叫ぶ(警察に出頭する訳じゃないんだから…とその場では突っ込めなかった笑)。

義父は救急車には乗らない=診療所へは行かないの一点張り。家の外では担架を用意した役場の皆さんがどうしたらいいか分からず困っている。「ほら!みんなに迷惑かけてるよ」という義兄の声。夫の携帯のFaceTimeの画面には義姉2の姿。勤務時間によってはこの時間家にいないこともある義兄がいるというのも、義姉2にすんなりと繋がるというのもまた予感を嫌なものにさせる。

「ジジといっしょに しんりょうじょ いく〜」と義姉1に抱かれた甥っ子が話す。「そうだよ、診療所行った方がいいよ〜」とFaceTime越しの義姉2。その声も半泣きだ。何と皮肉なことに、家族全員この場にいるではないか。本当にこの人死んでしまうのではないか…。そんな妙な気持ちをどうすることもできず、結局だたその場に立ち尽くす私。

そうこうしているうちに診療所から先生と看護師さんが駆けつけてくれる。診療時間前だったので、なかなか搬送に応じない義父のために、わざわざ足を運んでくれたのだ。すると今度は…

♣︎「誰だ、オメェ?」

「オメェ、誰だ?」と往診に来ていただいたお医者さんに向かって怒鳴る義父(おい!とさすがに突っ込んだ、心の中で・笑)。ちょうどこの日は代診のお医者さんの期間で、いつもの先生と違うと義父は思ったのだろう。

「ええ、私代診で来てまして、〇〇の◇◇と申します、ちょっと診せてくださいね」と丁寧に応じる先生(本当にスミマセン…)。「そうか、そういや見たことのある顔だなぁ」と大人しく応じる義父(本当に見たことあるのかよ、とは思ったが・笑)。「あなたの味方だよ、話を聴くためにここにいるんだよ」という姿勢を示すというカウンセリングマインドのお手本を見ている気すらした。

相手を落ち着かせるためには、まず自分が冷静に対応することだとどこかで聞いたことがある。先生はそういう対応で、見事に義父を落ち着け、その場で診察を始めた。誰かに「懐中電灯ない?」と言われて出てきたのがヘッドライトだったのを見て、ちょっと吹いたゆえに場も和んだ(?)

普通のは無いんかい!と

「ちょっと深く切れちゃってるんで、診療所で縫った方がいいですね。そんなにお手は煩わせませんので、来ていただけますか?」確かそんな風に先生は仰ったと思う。それでも「行かねぇ」と言い張る義父に対して「(処置は)すぐ終わりますよ」と。

私だったら完全にキレているところだ。こっちは診察を控えている中、わざわざ来てやってんのに!と。「来てくれると助かります」「いや、行かねぇ」という問答を人徳のあるお方とはこんな人なのか、と羨望の眼差しで見守ること数分、ついに義父が折れた。

担架も用意されていたが、歩いて救急車に乗り込むことに。今思えばそれくらい元気だった(笑)。救急隊で集まってくれていた役場の方々がたくさんいるのを見て、「なんか随分大騒ぎになってるな」とまで言う。「誰のせいじゃ!」と義父に突っ込む私。心の中ではなく、たぶん声に出ていた(笑)。

♣︎緊急ヘリかも!?

とは言え、診療所に行ったからと安心はできない。検査結果によっては緊急ヘリもありえるかも知れないからだ。御蔵では基本的に大きな手術などはできない。特に緊急時はヘリコプターで内地の病院へ緊急搬送されることになる。胸の動悸はまだ治らない。その場合も想定して、診療所に向かう途中で、義父と仲良しのアニキへも報告に行く(報告されたところで、された方も困るだろうけどねっ、今思えば…苦笑)。

診療所では義母と義兄が付き添ってくれていたので、私たち夫婦は店に戻ることに。そして義姉1と共に、緊急ヘリになった場合の算段をする。店を…宿を…〇〇の出島をずらしてもらって…なんてやっていると、義兄が店に戻ってくる。「今大人しく縫われてる」と。そして血液検査をしてもらうとのこと。「じゃあ、その結果次第だね」と話している頃には、だいぶ動悸も治っただろうか。

赤いヘリは緊急ヘリ

♣︎何でもなかった!?

そうこうしているうちに、義父母が帰宅。しかも徒歩で。「何でもないって」と義母。へ?吐血は??緊急ヘリは???

「たぶん転んで階段で顎を打って切れたんだろうって。東京の病院連れて行った方がいいかって聞いたんだけど、どこも悪いところ無いって言われたからねぇ。」と。

なんと吐血したのではなく、階段で打って切れただけ!つまり怪我!しかも血液検査の結果も良好だと言うではないか。あらまぁ…そうですか…。

でもその結果を聞いて一番安心したのは義父だったのではないだろうか。数日前までの具合が悪そうな様子から一変、急に元気になった。とりあえず、階段の登り降りが危ないので、義父は上の部屋から下の部屋に引っ越すことになった。店の来客もよく見える場所だ。2階に引きこもるよりはずっと良い。

とにかく元気になった義父は以前のように、時に怒鳴り散らしながら(笑)生活している。皆も容赦無く義父の部屋を開ける。ノックなんてものは存在しない。2階で使っていたテレビと録画機器の設定を新しい部屋でもやってあげようと善意で動いた夫が怒鳴られまくっていた話はまた後日。とりあえず怒鳴れるくらい元気になって良かった。

♣︎そして家族を想う

結婚前からよく夫から家族の話を聞いていた。誰でもそうなのかも知れないが、夫は特に父親への思い入れが強いのだなと常々感じていた。そして同時に、私は自分の両親に何かしてきただろうか、と考える。遠くに嫁いでしまった私が親と過ごせるのはあと何日くらい残っているのだろうか、なんて考えると途端に切なくなる。

日々、感謝して生きよう。日々、想ってることを伝えていこう。そう思った出来事だった。

遺伝するのは顔だけか

それとも魂丸ごとか

斉藤和義 「遺伝」